プロフィール

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当ブログにお越しくださいまして、ありがとうございます。

私の簡単なプロフィールをお伝えします。

 

普段は股関節専門の理学療法士として活動しており、股関節関連の書籍も執筆しております。

 

小学校教員になることを決意した担任との出会い

S51年大阪市生まれ。焼肉・キムチで有名な鶴橋に育ちました。

最近は韓流ブームで、観光地化している鶴橋です。韓流ファンの方はぜひ一度お越しください。

 

小学校6年生のときの担任が、金八先生も真っ青っていうぐらい、熱血を絵に描いたような方で、時に厳しく、時に優しく、これでもかって言うぐらい生徒のこと考えてくれました。

 

その姿に感動し、「よし小学校の先生になろう!」と単純だった12歳の私は決意しました。

 

中学校、高校とその意志を貫徹し、大学は迷わず大阪教育大学へ進学しました。

 

大学時代は関西の某大手進学塾で、塾講師のアルバイトを経験。

自分で言うのもなんですが、けっこう人気講師でした。

 

そして私の運命を大きく変えることになる、大学3年の秋の教育実習を迎えます。

 

夢にまでみた母校での教育実習。ほんと楽しみにしていました。

でもね、金八先生はどこにもいませんでした(T_T)

 

実習中には教室の黒板8割ぐらい使った大きな字で、

「國津 死ね」って書かれて凹んだり・・・。

 

現場の変貌に落胆し、小学校教員への夢はガタガタと大きく崩れさってしまいました。

 

フリーターへ一直線

教育大学って、教員になるための大学なんですよね。

 

普通は教育実習に行って、

「よし、教師になるためにがんばろう!」

ってなるところが全然なりませんでした。

 

教師にならなかったらどうしたらいいんだろうって、途方もない感じで、ふらふらしていました。

 

4回生になり、周りのみんなが教員採用試験の勉強に打ち込んでいるときも、ひたすらガソリンスタンドでアルバイト。

後に理学療法士になって初任給としてもらうぐらい、毎日ガソリンスタンドで働いていました。

 

「海外でも行ったら、なんかあるかな」

 

なんて甘い期待を抱いて、お金をためて海外に行こうと計画しだしたのも、この頃です。

 

卒論も提出して卒業。フリーターとしての生活が始まりました。

 

 

理学療法士との出会い

ガソリンスタンドでフリーターをしていた頃、一緒に女子高生が働いてました。

その子が理学療法士を目指していると聞き、そのとき初めて理学療法士という職業を知りました。

 

最初の印象は「へぇ~、そんな職業あるんや」ぐらいのものでしたが、スポーツに携われると聞いて、好印象であったことは覚えています。

 

そうこうしているうちに、フリーター生活も4ヶ月が経ちましたが、あいも変わらずガソリンスタンドにアルバイトに行き、阪神のナイターを観ながらビールを飲むという生活を続けていました。

 

ぼんやりと、将来のことは考えるものの、何をしようか、はっきりとした答えはでません。

実家だったので、食べいくにも困らず、このままでもいいかなっていう甘えもあったんでしょうね。

 

8月の上旬。いつものように父とナイターを観ながらビールを片手に食事をしていました。

 

足を崩していた父がいきなり正座になり、

「おまえ、どうするつもりや?」

と聞いてきたんです。

 

(;゚д゚)ェ. . . . . . .

と、びっくりして声がでない私。なんでこのタイミング(-_-;)

 

そのとき口から出た答えは、

「理学療法士になろうと思ってる」

 

言っちゃったΣ(o>艸<o)

 

正直、理学療法士という仕事をしっかり理解していたわけじゃないんです。でも勢いで「理学療法士になる」と言っちゃいました。

 

そしたら父は「そうか」の一言。その後の食事はおいしくなかったですね^^;

その日から理学療法士になるべく、急ピッチで準備を進めていくことになりました。

 

奇跡の合格、そして入学へ

まずは情報集め。当時始めたばかりのインターネットを駆使して、理学療法士という職業を調べまくりました。

そしてパンフレットを収集。気になる学校や大学があれば、とにかく資料を取り寄せました。

 

受験勉強はといえば、5年ぶり。忘れていることばかり。現役のときなら簡単に答えられた問題が全然でてこないんです。

朝から夕方まではアルバイト。夜は予備校という生活を続けました。

 

私が受験した当時関西には、大学というのがほとんどなかったんです。

あったのは京都大学、神戸大学、大阪府立大。センター試験の勉強をするほど時間もなかったし、もう4年通う余裕もありませんでした。

ということでターゲットは専門学校。数校に絞って、気になる学校には全て見学に行きました。

 

そして本命は関西医療技術専門学校としました。その理由は出身大学の大阪教育大学のすぐ横にあったから。生活しやすかったんで。

 

この頃の受験はけっこうきつかったんですよ。

私の受験した関西医療技術専門学校はけっこう人気があって、受験したときの倍率はなんと13倍。

 

受験会場にいったら、「あぁこらあかん」って思いましたが、奇跡的に合格することができました。

翌年4月、関西医療技術専門学校に入学、3年後晴れて理学療法士となりました。

 

理学療法士としては整形外科疾患を中心に治療しており、股関節疾患に力をいれています。

 

これから理学療法士を目指す方へ

こちらのブログは始めたきっかけは、

「理学療法士になりたい!」

そう思ってくださる方がとても増えてきていますが、本当に理学療法士のことを知っているのか気になったからです。

 

 

理学療法士。最近見かける、その言葉、その職業。

みなさんはどんなイメージをお持ちですか?

 

すごく素敵な職業だと思って飛び込んだこの世界。

理学療法士になりだいぶ経ちました。

 

でも実際理学療法士がしてる仕事って、ちゃんと理解できている人は少ないと思います。

「リハビリの仕事でしょ?」

まあそうなんですけど・・・。でもリハビリっていう言葉はけっこう広いです。

 

ここ十年で理学療法士の認知度は上がり、そこそこ知られる存在となりました。それはそれで良いことだと思います。

ただ理学療法士を目指す人にとって、確かな情報が少なすぎて、何を信じればいいかわからない、そんな話を耳にしました。

 

理学療法士の養成校に入学してから、「思っていたのと違いました」と、辞めていく学生も多くいます。

せっかく理学療法士を目指すなら、「もっともっと理学療法士のことを知ってから!」そんな気持ちがあるんです。

 

小学校教員免許を持つ理学療法士という変わり種ですが、決してエリートではありません。挫折、紆余曲折を経て、やっとこさ理学療法士になれました。

 

理学療法士の学校入学に向けて、一緒にがんばりましょう!

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