理学療法士としての「やりがい」は感じにくいこともある

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理学療法士の仕事にやりがいはあるのでしょうか?

ときどき話題に上がるこの「やりがい」について、私が感じる難しさを今回はお伝えしようと思います。

理学療法士としての「やりがい」は感じにくいこともある

以前こちらのブログで理学療法士のやりがいについてお伝えしました。

参照) 理学療法士の仕事のやりがいは?

このときは「人間の人生や生活に一番近くで寄り添えること」をやりがいとしました。

 

ただこの「やりがい」というのは非常に難しいテーマだと私は考えています。

なぜならやりがいという概念は非常にあいまいで、人によって異なるからです。

また「本」や「かばん」のように物理的に存在する物体ではありませんので、定義付けすること自体難しいものだと言えます。

 

ですから理学療法士の仕事にやりがいがあるかないかは、人によって捉え方が違ってきて、中には「そんなにやりがいはない」という人もいるわけです。

 

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回復が目に見えるならやりがいを感じやすい

理学療法士になってからの話になりますが、「スポーツ選手に関わりたい」という人が非常に多いです。

サッカー選手やオリンピックに出場するアスリートのドキュメンタリーを観ていると、必ずといっていいほど理学療法士がずっと付き添って支えています。

そういう影響もあり、「スポーツ選手が復帰するお手伝いをしたい」と思う人が多いのでしょう。

 

スポーツ選手って競技復帰に対して貪欲かつ意欲的な人が多いですから、一般的な患者さんの何倍も努力されます。

ですから一般の人と同じケガ、同じ手術であっても、回復が早い場合が多いです。(ただしスポーツ選手としての復帰には目指すレベルも高くなりますが)

素人が見ても分かるくらい、日に日にできることが増えて、同じ目標を共有してがんばれます。

 

スポーツ選手は目標を立てやすいですし、目標を共有して一緒にがんばっていけるので、やりがいを感じられて理学療法士には人気なのだと思います。

 

10年ほど前に回復期リハビリテーション病院や回復期病棟が乱立して、回復期への就職(特に新卒)がえらい人気だった時期がありました。

これも同じような理由だと思うんです。

 

回復期と呼ばれる期間は、整形外科を中心とした運動器疾患でも、脳卒中などの脳血管疾患でも、かなりの確率で良くなります。

ここで書いた「良くなる」は「歩けるようになる」「元の生活に戻れる」という意味ではなく、「回復期に転院したときより」という意味です。

 

しかも、理学療法士や作業療法士のレベルが低くても、間違っていないリハビリさえ行えば、ある程度回復することが見込めます。

簡単にいうと、患者さんが自分の力でがんばって回復する一番良い時期です。

そこに携われるので、やりがいを感じやすいのでしょう。

 

良くなることだけはない現実

一方で、スポーツ選手のリハビリや回復期のように、目に見える回復を感じられないこともあります。

たとえば回復期リハビリテーション病院から自宅に復帰したり、介護施設に移ったとき、リハビリを受けられる時間はかなり少なくなります。

 

頭がしっかりしていてご自身で考えて運動できる人は、「脚が弱るから何かしないとあかん」と考えることができます。

しかし認知機能が低下している場合には、ご自身で廃用(=弱ること)を予防するほどの運動を確保することが難しい場合がほとんどで、スポーツ選手や回復期でのリハビリのように目に見える改善が見込めないことがほとんどです。

 

そういうときは「維持レベル」がリハビリの目標となる場合もあるのですが、そこに目標を置いてリハビリし続けることに、スポーツ選手や回復期ほどの「やりがい」を感じることができない理学療法士もいるわけです。

 

もうひとつ例を出しましょう。

 

以前勤めていた病院で、90歳を超える高齢者を担当していました。

家に変える予定だったため、ポータブルトイレや車いすへの乗り移りを想定して、少しでも動作レベルが上がるようにリハビリをすすめていました。

たまたま娘さんがリハビリを見学する機会があって、リハビリの後にえらく怒られました。

 

理由をお伺いすると、「自宅復帰後は家族が関われる時間が少ないから、元気になって動き回られると困る」というものでした。

つまり元気にならなくてもいいから、ベッド上寝たきりの状態で帰ってきてくれる方が、家人にとってはありがたいということでした。

 

なんか悲しいですけど、これはよくある話です。

患者さんが少しでも良くなることで、全ての人が幸せになるわけではないのです。

 

そんな中でもどこかにやりがいを見つける必要があるのか、それとも、こんなリハビリにはやりがいを見つけられないのか、本当に難しいです。

 

冒頭に書いたようにやりがいには定義がありませんし、「こういう物」という決まった形があるわけではありません。

だから、「やりがいがあります」なんて言葉で一括りにできるほど甘いもんじゃないのです。

 

結論づけるには難しいですが、結局は自分の中でどう定義できるのか、それが大事になってくるのかもしれませんね。

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